代々物好き

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古建築巡り 潟上市

潟上市は3つの町が合併して平成17年に発足した。

撮影:令和2年8月

 

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小玉醸造明治40年に設立され、大正期までに大きな煉瓦蔵をいくつか建設した。

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小玉家住宅。小玉醸造創業家の邸宅で大正12年の築。主屋の他に土蔵造の文庫蔵や煉瓦造の米蔵、車庫が確認できる。

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古建築巡り 酒田市その2

撮影:令和2年7月、

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山居倉庫明治26年に14棟が建設され12棟が現存する。現役の米穀倉庫として使われているほか、一部が商業施設に改修された。

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管理棟か?

 

 

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庄内経済連米穀保管研究室。山居倉庫に隣接する小さな洋館で、東宮殿下行啓記念館として建てられた。ツタで分かりづらいが2階はドイツ壁。

 

 

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酒田市水道局ポンプ室。撮影時は解体される直前で10月に通りがかった時には更地になっていた。切妻屋根だが戦前に建てられた水道局の建屋は、ほとんど煉瓦かRCだから木造ということは無いと思う。一番手前の消火栓は相当古そうだがどうなったのだろう?

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付属施設。

 

 

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東北東ソー化学。前身を鐵興社といい、昭和12年に大浜工場を開設した。事務所、守衛所などが開設当初からある建物だと思う。

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守衛所。

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えんとつ町のプペル 海外の反応まとめ

 

 

Chimney town gay boy Lubitsch(アメリカ 20代 男性)

 

 

ここで申し上げる話ではありません 今日は大変いい天気です(東京 70代 男性)

 

 

ニシノハワタシノチンコヲシャブルタメニ、ウマレタトオモウ(ミッドガル20代 男性)

 

 

プペルもベクレてるんやろなぁ(東京40代 男性)

 

 

ルビッチよ地球が救えねば雅子愛子も死ぬんだぞ(東京 70代 男性)

 

 

Anime🤮(オーストラリア 30代 女性)

 

 

一体、大声で、泣いちゃった。(東京 20代 男性)

 

 

ルビッチは前田五郎に、プペルは島田洋七に似ているように思う。いや、私の感性には外れが多いので、全くの見当違いかも知れません。悪しからず。(オマーン 50代 男性)

 

 

えんとつ町のプペルの絵本を考案し題名主題歌を作詞作曲したのは私です(和歌山 70代 女性)

 

 

20代の頃、吉本興業の夕食会に参加したことがあったんです。そこで、西野亮廣氏から「お前から全てを奪い取る」と言われたんです。そして、彼は本当にそれを目指しているとしか思えないんですよね。さすがに私は腹を立て、対抗手段に出ました。それが今日の、私と西野氏との闘いの本筋ですね(福岡 40代 男性)

 

 

プペさん肝いわあん(コンゴ 30代 男性)

 

 

えんとつ町に来たことを後悔するようになればいい(岡山 50代 男性)

 

 

80プペしないと、あん、ご褒美はないんだぞ?(フィリピン 50代 男性)

 

 

オンラインサロンありえない話し‼️何考えてる日本人⁉️(モンゴル 40代 男性)

 

 

それでえんとつ町のプペルが縛られて犯されちゃうんだ(東京 40代 男性)

 

 

 

 

 

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如何でしたか?西野亮廣監督の次回作をケツマンおっぴろげて神妙に待ちましょう‼️

 

 

 

古建築巡り 酒田市その1

酒田駅前には戦前の面影がほとんど残っていないが、日和山周辺は移築されたものも含め、近代建築が点在する。

撮影:令和2年7月 

 

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酒肴屋伊藤家。琢成第一尋常小学校の「郷土よみもの」から「犬が引き出す「エンヤラヤ」」 : あなたの知らない過去の酒田 (Unknown Old Sakata)昭和8年5月発行の「酒田市勢要覧」の写真に写ったこの洋館を見ることができる。以前は韓国料理店が入っていた。

 

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山王くらぶ。明治28年に建てられた料亭で、社員寮として使われていた時期もあるという。主に工芸品を展示する施設として公開されている。

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外装は純和風だから内装も...と思っていたら一部の廊下は洋風になっていた。

 

 

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旧光丘文庫。酒田市初のコンクリートブロック建築で大正14年の築。設計は内務省神社局建築課長の角南隆だ。震災復興事業で東京市のRC社殿などを手がけていたのだろう。平成29年まで図書館として使われていた。収蔵資料は全て移設されたようだが建物の処遇は決まっていない。このまま腐らせるのは惜しいと思うが。

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書庫が付属する。

 

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初代酒田灯台明治28年に初点灯した木造六角洋式灯台で、当初は最上川左岸河口にあった。大正2年に対岸に移築、昭和33年に建て替えが決まり日和山公園に再度移築された。

 

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旧白崎医院。このような下見板張りの医院は昭和後期までありふれていたようだが今となっては貴重だ。昭和51年の酒田大火を逃れたという意味でも価値のある建築だ。大正8年築の洋館で、昭和55年に現在地に移築された。

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外科医院なので手術室がある。

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便所のある別棟。

 

 

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旧割烹はら。原ゴム工業所 : あなたの知らない過去の酒田 (Unknown Old Sakata)によれば、昭和6年以前に原ゴム工業所として建てられたRC建築だという。割烹に転業した時期は不明。4階建てだから眺めは良かっただろう。

 







 

古建築巡り 五城目町

五城目町の朝市通りとその周辺には、小規模な洋風建築や看板建築が現存する。訪問日は朝市が開催されていた。

撮影:令和2年7月

 

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福禄寿酒造。創業は元禄元年という歴史のある酒蔵で、現在の社屋は大正14年に建てられた。木造平屋で塀は煉瓦造。酒蔵はもっと古いはずだ。

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向かいにあるタイル張りの建物。旧店舗か?

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少し離れたところにあるイギリス積の煉瓦倉庫がある。こちらは大正9年の築。

 

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小森敬商店。朝市通りに建つモルタル塗りの看板建築。窓枠は木製に見えるが、建設当初から交換していないかもしれない。

 

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旧ひこえ堂。ルーバー状のファサードが特徴的。元々はどんな商売をやっていたのだろう?

 

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伊藤鮮魚店。トタン張りの洋風建築。

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旧まるみ洋品店。朝市通りの外れに建つ、コリント式オーダーを押し出したスタイルの看板建築。

 

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あったか小町。これも福禄寿酒造の関連施設だったのだろうか?

 

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えびや洋品店。近年塗り替えられたようだが営業しているか怪しい。時間が押していたので、こんな写真しか撮れなかった。

古建築巡り 由利本荘市その1(矢島)

矢島地区には戦前に建てられた小ぶりな洋風建築がいくつか現存する。

 

撮影:令和2年7月

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出羽の冨士醸造元別館。この西隣に本館がある。下見板張りの洋館で戦前に建ったものだと思う。

 

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一部洋風の家。この通り屋根は至って和風だ。人が住んでいる気配はなかった。昔この手の洋風建築が得意な大工がいたんだろうか?

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窓をアップで撮影。左官仕上げの装飾がある。

 

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ハト薬局。他のサイトの写真と比べると看板が外されているので、商売は辞めてしまったのかもしれない。秋田の商家建築と言えば大抵木造の切妻で、店蔵は珍しい。

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その裏にある洋風住宅。模様入りの磨りガラスが面白い。屋根は後付けだろう。

 

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矢島郵便局近くの洋館。郵便局近くと言うことは、先代の局舎と言うことも考えられる。

 

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矢島消防組第四部ポンプ庫。ドイツ壁に右書きで表記されているので戦前からあるんだろう。

 

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郷内発電所新古典主義のようなスタイルで、東北電力の前身である東北振興電力が昭和15年に建設した水力発電所である。この頃、戦時下の電力需要に備えて各地に多数の水力発電所が建設されていて多くは今も稼働中だ。私はこの建物が由利本荘市現存最古のRC建築だと思うがどうだろう?

古建築巡り 鶴岡市


撮影:令和2年6月

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寛明堂写真館。前の道路は山王通り。大正9年に右側の木造2階建て部分が完成、昭和9年に左側のRC3階建て部分を増築している。

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特徴的な八角形の窓と幾何学模様の格子。増築時につけられたものかもしれない。

 

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木村屋本店。『木村屋』と名乗る菓子店は複数存在するが、総本家は銀座にあり、のれん分けを受けて開業したという。この建物は大正14年頃に建てられたもので、航空写真を見ると分かるが横長の看板建築である。

 

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ギンヨー827。山王通りの洋風建築の中でも特に目立つ。当初は「紅繁洋品店」といい昭和6年頃に建った。 

 

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LOGI9。ギンヨー827の向かいにある商家。今では白いパネルが張られているが、ストリートビューではトタン張りの姿が見られる。「菅原市郎治商店」として建てられ、昭和6年に3階を増築した。

 

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真島邸。左隣に真島医院があり、そこの院長の家だろう。洋館と和館があるが、和館は結構な規模だ。

 

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大泉橋。先代の橋は明治21年に架けられたもので


眼鏡橋」と呼ばれるスタイルだったが、交通量増大に伴い、昭和6年にRCの橋に架け替えられた。

 

f:id:IBRG_modeling:20201107170003j:plain旧鶴岡町消防組第八部消防ポンプ庫。大正9年築のポンプ小屋で国の登録有形文化財に指定されている。平成8年に元々あった場所から曳家され、サイズを生かして公衆便所に改修された。

 

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エビスヤビル。旧小池薬局恵比寿屋本店として登録有形文化財に指定されている。昭和9年築でRC3階地下1階。

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アーケードで2階部分は見えない。布袋のメダリオンが特徴的。

 

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森茂八商店。土倉造だが窓は洋風に見える。先代の店舗が大正7年に火災で焼失したため、昭和初期に建て直された。雑貨の卸売りから清掃、リフォームなど幅広い業種の会社のようだ。

 

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鶴岡カトリック教会。明治36年に創設された木造の教会である。フランス人のパピノ神父が設計したバジリカ型三廊敷きロマネスク様式ということらしいが、宗教建築はよく分からない。訪問日は付属のマリア幼稚園を建て替えているところで、大正3年に建てられた司祭館は更地になってしまっていた。

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外壁の塗装工事中であったが、屋内を見学できた。側廊は畳敷き。

 

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大寶館。大正天皇の即位を記念して大正3年に建てられた。屋根が入母屋なのはまだ『疑』洋風といったところだ。屋内の撮影はできない。最初に訪れたのは10年前だったろうか、階段が急なのは覚えている。

 

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 鶴岡聖公会。昭和初期に建てられた小さな木造の教会。

 

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旧鶴岡警察署。土木県令と呼ばれた三島通庸の主導で、鶴岡には多数の擬洋風建築が建てられた。これもその一つで明治17年築。地元の棟梁、高橋兼吉が設計施工を担った。昭和32年まで警察署として使われ、その後致道博物館に移築された。

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鮮やかな色の天井。数年前の大規模修復で塗り直されたばかりなので綺麗だ。

 

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西田川郡役所。これも致道博物館にある。明治14年に建った擬洋風建築。屋内は資料館なので撮影禁止だった。

 

鶴岡には他にも近代建築があるので、また行こうと思う。